現在地
  1. トップページ
  2. 理工ミニレクチャー
  3. ミクロなスケールの壮大な物理

ミクロなスケールの壮大な物理

写真

出典: ソフィアサイテック vol,23(2012年)

平野 哲文(機能創造理工学科・准教授)


 2011年4月に機能創造理工学科に着任しました平野哲文と申します。どうぞよろしくお願いいたします。
 さっそくですが、私は素粒子でできた物質の理論的研究を進めております。すべての物質は元をただせば素粒子でできているわけですから、「素粒子でできた物質」といっても漠然としているかもしれません。ただ、固体の性質を議論するときには原子や原子核の中に入っている素粒子は顔を出しません。私の研究対象は、素粒子があらわに出てくる「クォーク・グルーオン・プラズマ」という物質です。通常、素粒子の一種であるクォークとそれらを繋ぎ留めておく糊の役割をするグルーオンは陽子や中性子に閉じ込められており、未だに単体で観測されたことはありません。しかし、2兆度という超高温状態では、この「閉じ込め」が破れてバラバラになります。あたかも身の回りの気体にもエネルギーを注入したり、温度を上げたりすると電離状態であるプラズマを作ることができるように。しかし、太陽の中心ですら、せいぜい1500万度くらいですのでその5桁(!)も高い温度です。宇宙論によれば、このような高温状態は宇宙の開闢直後(だいたい10マイクロ秒後)にあったとされています。つまり、我々の宇宙全体をクォーク・グルーオン・プラズマという超高温物質が満たしていた時代がありました。一方、科学としては実験室で作って、その性質を調べたいわけです。そこで加速器によって光速の99パーセント以上に加速された原子核同士を正面衝突させることによって宇宙の始まりを作り出すことができました。「そんな危険な実験を」と感じる方もおられるかもしれませんが、ご安心を。その物質の寿命はほんの10-23秒しかありませんので、一瞬で消えてしまいます。しかし、その一瞬で“見える”現象を通して様々なことが分かりました。私自身は、クォーク・グルーオン・プラズマが流体力学的に振る舞っていることを示しました。驚くべきことに、すべての物質の中でクォーク・グルーオン・プラズマは最もサラサラと流れる粘性の小さな流体であることが分かったわけです。最近では、その流体力学的振る舞いが現れるメカニズムに興味を持っています。
 量子力学的電子の振る舞いが鍵となる物性物理と違い、クォーク・グルーオン・プラズマは主人公もその振る舞いを支配する力学も異なる全く新奇な物質です。基礎物理の範囲かもしれませんが、熱力学や流体力学的手法も用いますので、理工系の皆様と共通項もあるかもしれません。今後は研究室の学生とともに、宇宙の始まりに起こった物理の理解にもつながることを目指して行きたいと考えております。どうぞよろしくお願い申し上げます。

理工ミニレクチャー