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第9回 超関数の理論、熱方程式、ディジタル信号処理の数学的基礎付け

吉野邦生(よしの くにお)

上智大学理工学部助教授
専門は解析汎関数の理論と応用

今日はよろしくお願いします。

こちらこそ。雑談になってしまう予感がしますが。

先生はいつ頃からディジタル信号処理の数学的基礎付けの仕事をしているのですか?

ディジタル信号処理というのを意識し始めたのは10年くらい前からです。電気科の荒井隆行先生との共同研究がきっかけです。数学的な部分に関しては20年位前にベルギーの数学研究所にいた頃に既に理論自体は作っていました。博士論文の準備をしていた頃です。シャノンの標本化定理の高次元版などです。1次元の理論は音声信号処理で、2次元の理論は画像処理で応用されています。

はじめからディジタル信号処理への応用をかんがえていたのですか?

いいえ。全くその様なことは考えていませんでした。ディジタル信号処理という言葉さえ知らなかったです。荒井先生と一緒に本を書いた頃(1995年頃)に少し、いや、大分勉強しました。IEEEという専門誌もその頃初めて知りました。電気関係の人たちが虚数単位をjで表す事や“帯域制限を持つ信号”なんて言葉もその頃知りました。 自分の研究している数学は絶対に世の中の役に立つはずがないと思ってましたからディジタル信号処理に使えるというのは驚きでした。

ベルギーにはどのくらい住んでいたんですか?

1年間住んでいました。ベルギー政府から奨学金を貰ってゲント大学の学生寮にいました。ゲントという町はブリュッセルから電車で30分くらいのところにあります。ベルギーでは公用語はフランス語とオランダ語です。ゲントはベルギーの北部にある町でフラマン語(オランダ語の方言)が話されています。はじめのうちはオランダ語も英語もできないので大学時代に習ったフランス語を使ったりしていました。興味があったのでオランダ語学校に通いました。授業の説明はすべて英語で行われました。分からない言葉で分からない言葉を習うというかなり珍しい経験をしました。3ヶ月位したら、英語とオランダ語が少しずつできるようになり、これはいまでも非常に役に立っています。

具体的にはどの様な時にですか?

論文を書く時は勿論ですが、最近、いろいろと外国の数学者と共同研究したり、外国の研究会に参加して発表したり、座長をしたり、パーティーで挨拶したりする機会が多いのですがこのような時に非常に役に立っています。又、今までのいろいろな外国での経験、例えば、アメリカのマサチューセッツ州立大学で授業をした経験などは今年の4月から始まった科学技術英語の授業で非常に役に立っています。去年、共同研究のためにベルギーに行った時は、泊まった民宿の主人がオランダ語しかできない人でしたので、久しぶりにオランダ語を使いました。このときは、昔、オランダ語を習っておいて良かったと思いました。

どのくらいの頻度で外国に行っているのですか?

そうですね、平均すると、最近は3ヶ月に1度の割合です。

今まで、どんな国に行ったのですか?

ちょっと待ってください、今、思い出しますから。 アメリカ、イギリス、 カナダ、オーストリア、オランダ、旧ユーゴスラビア、ドイツ、チェコ、フィリピン、ベトナム、韓国、セルビアーモンテネグロ、フランス、ベルギー、イタリアなどです。それぞれいろいろな思い出(面白い体験、武勇伝)があります。大体、研究会への参加とか共同研究です。昨年の10月にフランスのストラスブルグ大学に行ったときはそれまでとは違って、教授資格審査会の審査員に選ばれて審査会出席のために行きました。審査書類を作ったり、審査会で発言したり、これは初めての経験で大変勉強になりました。

さて話を数学に戻しますがタイトルの超関数の理論というのはなんですか?

これは量子力学や工学で出てくるディラックのデルタ関数やヘビサイド関数などを数学的にきちんとするために作られたものです。高校生の時に、ある日、新聞を読んでいたら超関数の理論で賞を貰った人の記事が載っていて、興味を持ちました。それまでは音楽ばかりしてたんですけど数学の勉強を突然始めました。大学に入ったら、絶対に超関数の理論を勉強しようと決めていました。

それで上智大学にしたんですか?

いいえ。偶然、合格できたのだと思います。受験勉強は高校3年の1年間だけしかしてませんし、予備校にも行きませんでしたから。ただ、これも、又、偶然なのですが、私が大学2年生のときに、超関数の専門家が東京大学から上智大学に来ました。これは大収穫でした。 又、当時の上智大学数学科は今とは違って、必修科目も少なく自由に勉強する雰囲気があったのでかなり自由にやっていました。物理学科や経済学部の学生もよく数学科の授業に来ていたり、自主ゼミをしたり、友人のゼミに出たり、他大学の院生とゼミをしたり、他大学の授業を(もぐりで)聴講に行ったりと。 私は特殊関数など応用数学みたいなものが好きなので、院生の頃は電気科の授業に出たり、物理学科の授業やゼミに出て量子力学や場の量子論など勝手にやってました。そのころ、電気科の院生の授業に出ていて怒られたことがあります。数学的に非常に易しいことをやっていたのでノートをとらないで聞いていたら“どうしてノートをとらないんだ”って怒られました。 私のことを怒った先生の名前はここでは伏せますが。(笑)挨拶

当時受けた数学科の授業で印象に残っているものありますか?

解析力学の講義ですね。春学期に、古典力学をやり、秋学期に量子力学をするというのでかなり期待してたのですが、秋になったら、担当していた先生がフランスに行ってしまい、授業そのものがなくなってしまいました。仕方がないので授業の単位取得とは全く関係なく、WKB法とか、ボルン近似を使って散乱断面積の計算とか回転群の表現論を使って角運動量の計算なんかを自分勝手にやってました。Racah係数やClebsh-Gordan係数の計算など大分やった記憶があります。ベッセル関数とかガンマ関数を使ってHeisenbergのS行列やJost関数の計算なんかも相当やりました。エネルギーや角運動量を複素数にしてS行列の特異点を調べるとエネルギー準位が求まるんですよ。これは本当に面白かったですね。

S行列とは何ですか?

第2次世界大戦の最中にHeisenbergが提唱した理論で強い相互作用に関する理論です。ドイツから、Uボート(潜水艦)でロケット戦闘機の設計図などと共に日本に運ばれたそうです。戦後、Regge極理論と結びついて発展しました。S行列やJost関数の計算をしていると自然に多変数正則関数や超関数が出てきます。超関数や多変数正則関数の理論も数学者の書いた本は、勿論、間違ったことは書いてないですけど、読んでいてあまりおもしろくないですね。第一、具体的な例がなかなか出てこないし、定義、定理、証明の繰り返しですから。 こんな事いうと数学者の方々から怒られますね。(笑) 山内恭彦先生の量子力学の本にも“デルタ関数に関する限り超関数の理論は、安心して使えることを保障するだけで物理学者の直感以上に付け加える事はない”なんて書いてあります。 (余談になりますが、私の持っている山内先生の本(回転群とその表現)には先生直筆のサインがあります。) 素粒子論や場の量子論関係の雑誌や本を読むと生き生きと書いてあります。 私の大好きな特殊関数がたくさん出てきて、寝るのがもったいないくらい読んでいて楽しかったですね。時々、本当かな?なんて思う式も出てきますけど。

どんな本を読んでいたのですか?

数学科の図書室の片隅で埃をかぶって廃棄処分寸前の昭和30年代のガリ版刷りの数理科学研究班の原稿を見つけた時は宝の山を発見した感じがしました。“分散公式の証明、場の量子論における解析性、楔の刃の定理”などの題名を見ているだけでワクワクしてました。等角写像の作り方なんかも今井功先生の流体力学の本で勉強しました。数学科では等角写像の存在証明に命を懸けますから、作り方までは教えてくれません。寺沢寛一先生の“自然科学者のための数学概論(上、下)“、犬井鉄郎先生の”特殊関数“や”応用偏微分方程式”など読んで“ラプラス方程式の解の特異性は虚の方向に伝播する“なんていう文章に感動してました。勿論、証明はないんですけど、直感的に言い切る所がすごいと思いました。数学的には今では、”超局所解析学“という理論でキチンと証明されてます。 今の数学科の授業科目に物理数学や変分法、量子力学の講義がないのは非常に不思議です。行列の積が非可換だというのも量子力学をやって初めて意味が分かった気がします。もっともこういうのも授業で習うと途端につまらなくなるんですよね。 修士論文で目指した定理も(あとで判ったのですが)レッジェ極理論(複素角運動量の理論)や量子統計力学(松原グリーン関数)で使われています。 最近、Bose―Einstein凝縮の事を調べていたら、昔、自分が計算していた積分が出ていて、リーマンゼータ関数やアッペル関数が出ているのを見てなんだか懐かしかったですね。

思い出話モードに突入しちゃいましたね(笑)。

いや、お恥ずかしい。目が遠くを見てました。

数学以外の他の分野の方との交流もあるのですか?

はい、いろいろと。企業の研究所の技術者の方々とゼミをしたり、他学科の大学院生や先生達とゼミをしたりしてます。数学科では聞けない面白いことが聞けて大変勉強になります。今年の秋には、ディジタル信号処理関係の学会で講演することになっています。こつこつと一人で純粋数学を研究されておられる数学者の方から見れば、私は不良(数学者)ですかね。(笑)

最近はどのような研究をしているのでしょうか?

韓国や、セルビア、ベルギーの研究者たちと表題にある熱方程式の理論や調和振動子の波動関数による超関数の理論と調和解析への応用について研究しています。これは、5、6年前から始めた研究なんですが、はじめのうちは、なんだか、さっぱり分からなくて、当時指導していた大学院の学生と頭を抱え込んでいました。杉田玄白や前野良沢の心境でした。 セルビアの研究者達の論文が解読できてから、いろいろ自分でも論文が書けるようになりました。2004年のセルビアでの研究会ではじめてセルビアの研究グループの人たちと会いました。自分が読んでいた論文の著者が女性数学者達だとは知りませんでした。指導していた大学院生はこのテーマで理学博士になり、今は研究者として活躍しています。 これからは、さらに、ウェーブレット、量子光学、量子情報理論、時間周波数解析への応用をハイゼンベルグ群を用いて研究する予定です。

どうもありがとうございました。

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