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生体高分子の形や動きを見て働きを理解する

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出典: ソフィアサイテック vol,23(2012年)

近藤 次郎(物質生命理工学科・助教)


百聞は一見にしかず(Seeing is believing)

 みなさんの身のまわりにある道具を何でも良いので手にとって、どのような形をしているか、どのように動くのかを観察してみてください。例えば「はさみ」は、指を入れる輪がついた2枚の刃が中央の蝶番でとめられた形をしていて、指を動かすと蝶番を支点に刃が動き、紙を「切る」ことができます。これと同じように、我々のからだの中に存在する核酸やタンパク質などの分子も、「はさみ」「箸」「定規」などの道具とよく似た形をしていて、実際に「切る」「つかむ」「測る」などの働きをしています。生体高分子の形や動きをX線結晶解析法で観察し、その働きを解き明かすことが我々の研究の目標です。 

生命活動の中心で働くRNA分子スイッチ

 我々の研究対象のひとつであるRNA分子スイッチについてご紹介します。すべての生物はリボソームという巨大な分子複合体を使って、生命活動に必須な数多くのタンパク質を合成しています。このリボソームの中心にはRNAでできた分子スイッチが存在し、立体構造をON/OFFの間で切り替えることで正しいアミノ酸を取り込んでつなぎ合わせる働きをします。この分子スイッチが正常に働いているからこそ、我々は正しいタンパク質を作ることができ、生命を維持できるのです。
 分子スイッチのON/OFFの動きは従来のX線結晶解析法では見ることができませんが、ON状態、OFF状態、そしてONとOFFとの間のいくつかの中間状態の形さえ見ることができれば、あとはそれらを計算によってつなぎ合わせて「パラパラ漫画」のように分子スイッチの動きを見ることができます。同じ生物でも細菌・植物・動物などその生態や生活環はさまざまですが、分子スイッチの動きにも多様性があることが我々の研究で明らかになっています。

RNA分子スイッチの動きを止める抗生物質

 病院で処方される抗生物質にはさまざまな種類がありますが、そのうちのあるものは細菌のRNA分子スイッチに作用することで殺菌効果を示します。具体的には抗生物質が分子スイッチのON状態に特異的に結合して、スイッチのOFFへの切り替えを妨げます。つまり、スイッチが常にONになっているので、まちがったアミノ酸もリボソームに取り込まれ、タンパク質を正確につくることができなくなり、結果として細菌は死に至ります。これが抗生物質の殺菌メカニズムです。
 ところで、投与された抗生物質が間違って我々ヒトの分子スイッチに結合したらどうなるでしょうか?当然、ヒトの細胞もタンパク質を正確につくることができなくなるので、場合によっては重篤な副作用を引き起こします。我々は、人体に高い副作用を示す抗生物質がヒトの分子スイッチのOFF状態に結合して、タンパク質合成を止めることをX線結晶解析法で明らかにしました。抗生物質にはさまざまなものがあるので、スイッチのON状態に結合するものもあるかもしれません。

薬剤耐性菌問題の克服をめざして

 「抗生物質」と聞くと、「薬剤耐性菌問題」というネガティブな単語を連想する方もいらっしゃると思います。細菌が抗生物質に対してとる戦略は非常に巧妙で、分子スイッチのRNA配列を自ら変異させて抗生物質の作用から免れます。我々は最近、薬剤耐性菌の分子スイッチの形と動きを見ることによって、なぜ抗生物質が耐性菌分子スイッチに作用できなくなるのか、なぜ耐性菌は分子スイッチを変異させても生命を維持できるのかを明らかにしました。現在は得られた知見を利用して、耐性菌にも効く新しい薬剤の設計・開発に取り組んでいます。

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