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原子物理研究室

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出典: ソフィアサイテック vol,22(2011年)

岡田 邦宏(物質生命理工学科・准教授)


イオントラップとイオンのレーザー冷却

 イオントラップは外乱がほとんどない真空中に特定のイオンを閉じ込めることができる実験装置で、原子・分子の内部構造や化学反応を精密に調べるための、理想的な環境を提供してくれます。一方、“レーザー冷却”とは、レーザー光が原子に及ぼす力を利用して原子の動きを止める方法です。イオントラップの中に閉じ込めた原子イオンにレーザー冷却を行うと、イオンを絶対零度(-273.15 ℃)付近にまで冷却することができます。極低温に冷却された“1個のイオン”にレーザー光をあてると、人間の目で直接見ることができるくらいに発光するため、高感度にイオンの観察ができます。また、イオントラップの中に閉じ込められた極低温のイオンは、特定の場所に固定されるので、個々のイオンを区別して観察することができます。下の画像はイオントラップの中でレーザー冷却された30個のカルシウムイオンを、高感度CCDカメラによって撮影したものです。個々のイオンがピン止めされ、一列に並んでいる様子が見てとれます。このときのイオンの平均温度は数ミリケルビン(-273.14℃以下)です。私たちは、このように極低温に冷却されたイオンを“冷媒”として、さまざまな分子イオンを冷却する実験を行っています。このように作り出された“冷たい”分子イオンは、極低温での化学反応の研究や分子の内部構造の精密測定に利用されます。

低速極性分子の生成

 分子イオンに加えて低温の中性分子を研究対象とするために、私たちは新たにシュタルク分子速度フィルターと呼ばれる低速分子線源の開発を始めました。この実験装置は、ガスノズルと高電圧のかかった4本の長い棒状電極(分子線ガイド)から構成されます。詳しい説明は省略しますが、分子線ガイドに電荷の偏りをもつ極性分子を入射すると、速度の速い分子は失われ、遅い分子だけが選び出されます。予備実験では、約-270℃に相当する低速アンモニア分子の選別に成功しています。現在の私たちの目標は、様々な低速の極性分子を作りだし、レーザー冷却法によって作られた極低温の“分子イオン標的”に衝突させ、極低温環境下でのイオン-分子反応の研究を行うことです。

極低温の世界で起こる化学反応

 極低温の世界で起こる化学反応を調べて一体何の意味があるのでしょうか?その答えの一つは宇宙にあります。宇宙空間には星間分子雲と呼ばれる極低温(-263℃~-173℃)の分子の集合体が多数存在することが知られています。星間分子雲は、星が形成される前段階にあることが多く、その中では様々な化学反応が起きていると考えられています。分子雲がどのような進化過程を経て星を形成していくかを知るためには、個々の反応過程が起こる速さ(反応速度)を知り、それに基づいた理論計算の結果と天文観測の比較を行うことが必要です。つまり極低温の環境で起こる化学反応を調べることによって、分子雲の進化を知るための貴重な基礎データが得られるのです。私たちはこのようなデータを測定することを目標に研究を進めていきたいと考えています。

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