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第11回 役立つ物質の宝探し

桑原 英樹(くわはら ひでき)

上智大学理工学部助教授 博士(工学)
専門は物質科学、固体物理学

 前回の遠藤先生のフォーマットを踏襲し、前回の「電気化学」を私の専門分野である「固体物理学」に置き換えて進めていきたいと思います。従って今回は、「固体物理学」とはどのようなことをする学問なのか、またそれが我々の生活にどのように関わっているのか、私たちの研究を例にしてその一端をお話したいと思います。

固体物理学が専門とのことですが、固体物理学という学問はあまりなじみがありませんが?

「宇宙物理学」や「素粒子物理学」なら字面からだけで何となく内容が分かるような気がしますが、固体物理学では何のことか分かりにくいですよね。大雑把に言うと、物質の様々な性質、例えば硬いとか、光沢があるとか、磁石の性質があるとか、を基本的な物理法則で統一的に理解し、色んなことに役立てようとする学問です。

物理法則っていうと高校で習った熱力学とか電磁気学とか?

もちろんそれらもありますが、もう少し踏み込んで理解しようとします。物質の性質はそれらを構成している原子や分子の種類や配列によって決まっています。なので、こういった微視的な(ミクロな)粒子を扱う量子力学や、非常に多数個の粒子の運動を統計的に扱う統計力学などを駆使して理解しようと努めています。

「固体」物理学なんで何となく硬いものを扱っているような気が…?

「固体」という言葉なら、授業で「物質の三態」−水(液体)、水蒸気(気体)、氷(固体)−というので聞いたことがあると思います。確かに固体を主な研究対象としていますが、ソフトマターと呼ばれる高分子や液晶なども対象とされるので、もう少し広く物性物理学と呼ぶこともあります。外国では凝縮系物理学(Condensed matter physics)と呼ばれたりします。

具体的にどんな物質を研究しているんですか?

確かに固体物理学と言っただけでは、物質全般を研究対象とする学問ですから、非常に広範囲で何を研究しているか分かりませんね。現在、私たちの研究室で注目して研究を進めているのは酸化物物質です。

聞いたことがあるような気もしますが、酸化物ってどんな物?

何とか化物という名前は化合物に含まれる元素を示していて、酸化物は酸素を含んだ化合物です。窒化物が窒素を含んだり、硫化物が硫黄を含んだりするのと同じです。酸化物は身の回りにもたくさんあって、陶磁器,セメント,ガラスなどがそうで、最近のセラミックスと呼ばれる材料もほとんどが酸化物からできています。

やっぱり硬いものの研究ですね?

セラミック包丁などがありますので、確かに硬いイメージがありますね。他にも高圧送電線の絶縁碍子などにも使われているので、あまり電子デバイスに使われる材料といったイメージが無いかもしれませんが、そんなことはありません。

酸化物を使った電子デバイスって、どんな物があるんですか?

電気を流さない性質を利用してコンデンサの材料としてや半導体素子と組み合わせて使われたりします。高周波デバイスに使われる磁石としての性質を持ったフェライトなんていうのも酸化物ですね。約20年前に発見されてノーベル物理学賞を受けた高温超伝導体も銅酸化物でした。超伝導体というのは電気抵抗ゼロで非常によく電気を流す物質のことをいいます。なので酸化物だから電気を流さないという訳ではありません。この銅酸化物も電子デバイスへの応用が精力的に研究されています。

色んな酸化物があるみたいですが、実際にどんな酸化物を研究してるんですか?

簡単に言うと、磁石を近づける(磁場をかける)と電気が流れやすくなる性質を持つ酸化物を研究しています。このような性質のことを巨大磁気抵抗効果と呼んでいます。研究室では様々な組成の酸化物の非常に純度の高い結晶(クリスタル)試料を作製して、その磁気抵抗の大きさを精密に調べたりしています。

それは何かの役に立つんですか?

例のファラデーの逸話を思い出しますね、この質問は。それはともかく、巨大磁気抵抗効果は皆さんが使っているパソコンのハードディスクの読み取りヘッドに既に利用されています。具体的にはハードディスクには微細な磁石(磁性体)が塗られた円板があって、その磁性体のSN極の向きでデジタル化された情報が書き込まれています。(砂鉄が磁石に引きつけられるように)磁性体から出ている磁場、を電気抵抗の変化として読み取るのがハードディスク読み取りヘッドです。ですから、なるべく小さな磁石(磁場)で大きな抵抗変化を起こす物質を発見すると、小型で大容量のハードディスクを作ることができて、皆さんも、よりたくさんの音楽や映像を持ち運べることになります。

他の応用例は何かありませんか?

さらにこの効果を発展させていくとメモリ(記憶素子)にもなります。メモリと言うと、皆さんもパソコンを購入する時にメモリの容量を何MBにしようか迷ったことがあるかも知れませんね。巨大磁気抵抗効果を利用した新しいメモリ(MRAMと呼ばれます)は、今皆さんが使っているメモリ(DRAM)とは違って、電源を消しても情報が消えずにそのまま残しておくことができます(不揮発性メモリ)。なので今までのようにパソコンの立ち上げに待たされることなく、テレビをつけるのと同じように瞬時に立ち上げることができる、といった利点があります。

 他の学問と同様に固体物理学というのも真理の追究だけでなく、私たちの生活にも関係していることが少しでも感じて頂けたでしょうか? ミニレクチャーなので触れられませんでしたが、固体物理学はそもそもコンピュータの基となっているトランジスタの発明を生んだ学問です。固体物理学が基礎となるエレクトロニクス・電子デバイスは我々の生活の隅々まで浸透し、それが固体物理学の恩恵であることを忘れてしまうほどに身近な物となっています。これからも私たちの生活に役立つような新しい機能性材料を探索していきたいと思っています。

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