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第8回 マルチボディダイナミクスの鉄道への応用について

曄道 佳明(てるみち よしあき)

上智大学理工学部助教授 博士(工学)
専門は機械力学、振動工学、機構学

西村和彦(にしむら かずひこ)

上智大学理工学部 博士課程

 今回は皆さんに馴染みがある「力学」の応用分野である“マルチボディダイナミクス”について、鉄道への応用を例にとってお話します。マルチボディダイナミクスとは、宇宙ステーションや鉄道、自動車など多くの構成要素からなる多体系のシステムを精度よく解析するための学問です。鉄道はもともと、ダイナミクスの知恵を活用して多くの課題が克服されてきましたので、鉄道へのダイナミクスの応用の「これまでとこれから」という流れでご紹介します。

まずは、鉄道の特徴である車輪とレールについてお話しましょう。

鉄道に欠かせない車輪は、紀元前にはすでに発明されています。例えば荷物を引きずって運ぶより、車輪のついたに荷車に載せて運ぶほうがずいぶん楽というのは経験されていることでしょう。これは車輪が受ける「転がりの抵抗」は「摩擦の抵抗」より格段に小さいという優れた特徴によるもので、鉄道はそれをうまく利用しています。一方のレールは、鉱石を運ぶために16世紀に木製のレールに荷車を走らせる、という記録があるそうです。 さらに、今のスタイルに近い鉄製のレールを蒸気機関車が走るという、いわば「最初の鉄道」の出現は、産業革命期の19世紀初頭のイギリスということになります。そのときの試作機関車のスピードは約8km/hでした。現在、日本の代表的な東海道新幹線が270km/hですからたいへんな発展です。

鉄道の発展の例を教えてください。

鉄道は、車両、線路、構造物、電力、信号通信系統などからなる巨大なシステムですから、機械工学、土木工学、電気工学など多くの学問分野で、その発展のための研究がなされてきました。 例えば、現在の鉄道は非常にエネルギー効率の良い乗り物といえますが、これには蒸気機関から内燃機関および電気機関への進歩、さらにはブレーキをかけた車両の運動エネルギーを、電車線を経由して別の走行をしている車両の動力として利用する回生ブレーキの活用などがあります。 また、機械工学が扱う分野では、だ行動という現象の克服もありました。だ行動とは、車輪がまっすぐに走らずに、左右にふらふらと蛇のように、だ行してしまう現象です。高速になると発生し、急激に激しくなります。高速で発生するこの問題は、東海道新幹線の開発のときに克服されました。

だ行動はどのように克服してきたのですか。

ダイナミクスの観点から、まず現象をきちんと観察して理解することでした。これは本当に大事なことです。当初、だ行動はレールの狂いにより発生する強制的な振動と考えられていました。しかしじっくり研究をおこなうと自励的な振動ということがわかりました。 原因は次のようなものです。車輪にはもともと曲線をスムーズに通過するために勾配がついています。このため、車輪が左右に少しでも移動すると車輪径に差が生まれ、車輪の進む向きが変わります。これがふらふらとだ行する動きです。一方、車輪がレールを転がりながら進むとき、左右にすべると、そのすべりの程度に応じてそれを復元する力が働き、車輪が左右にふらふら動くことを抑えてくれます。ところが、走行速度があがると、その速度に対する左右のすべり速度が相対して小さくなるため、復元力も小さくなってしまうのです。この結果、ある速度を超えると車輪の左右の動きを抑えることができず、だ行動を引き起こしてしまうのです。 ダイナミクスの観点から現象を理解できれば、ダイナミクスによりその対策、答えを見つけることができます。車輪のレールに接する面の勾配、車輪やそれにつながる台車の回転抵抗や支持剛性をうまく選択することでだ行動は克服されました。こういった課題を克服するプロセスのなかでダイナミクスが大いに貢献しています。

これからの鉄道にダイナミクスをどのように活かしていくのですか。

鉄道車両は、車体や台車、車輪などの質点が多くののばねやダンパで結合された複雑な多自由度の運動体です。さらにはレールやまくらぎといった軌道部分、また構造物などと相互に作用している系です。現在我々の研究室では、マルチボディダイナミクスを活用して、この複雑な系の運動を解き明かす研究を行っています。車輪とレールに関する接触の問題に、軌道の柔軟性を考慮して、これらの系をモデル化する、という試みです。車輪とレールとが相互に作用してできることがあるレール上の凹凸や、鉄道車両のさまざまな入力に対する応答性などについて、もっとよくわかるようになると考えています。

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