現在地
  1. トップページ
  2. 理工ミニレクチャー
  3. 第7回 遺伝子導入動物とは?

第7回 遺伝子導入動物とは?

安増 茂樹(やすます しげき)

上智大学理工学部助教授 博士(理学)
専門は分子発生生物学。

西村和彦(にしむら かずひこ)

上智大学理工学部 博士課程

 地球上にはたくさんの生き物がいます。約150万もの種が記載されているのですが、その中で、100万種いるともいわれる動物の多くは、多細胞生物で、受精卵から発生してそれぞれに特有な体を作り、子孫を作って、数億年の間、その種を維持してきました。体を作る設計図は、全て、この数億年の間に少しずつ変化して来たであろうDNAという物質に、遺伝情報として書き込まれています。DNAはひも状の長い分子で、そこに書かれている情報は、4つの物質A、G、C、Tの特有な長さと、特有な配列順序で出来上がっているのです。

遺伝子導入動物とはどんな動物?

生物が持つ遺伝情報全体をゲノム(genome)といいます。生物個体が持つ遺伝情報つまりゲノムDNAの中に外来のDNAを組み込まれた動物のことを遺伝子導入動物(transgenic animal)といいます。

よくわからないんですけど・・・・・・。

ゲノムDNAには、タンパク質の情報が書き込まれている領域があって、それを遺伝子(gene)と呼んでいるのですが、例えば人間の場合、ゲノムDNAは約30億のAGTCの連なりから出来ており、その中には2万数千個の遺伝子、つまり、2万数千種類のタンパク質の情報が組み込まれているということです。タンパク質は、生物体の中で多彩な役割を担い、この働きによって生き物は生存しています。遺伝子からタンパク質ができてくることを発現(expression)といいます。  ゲノムが持つ遺伝情報の中には、タンパク質の情報(遺伝子)以外に、もう一つの情報があります。それはタンパク質が "何時"、"何処で"、"どの程度の量" 作られるかを決める情報で、ゲノムDNA上のこの領域を調節領域といっています。たくさんのタンパク質が複雑に絡み合い組織的に働いているのが生き物の体であることを考えてみれば、特定の時期に、特定の場所で、特定の量、タンパク質の情報が発現するためには、この調節領域が重要な役割を果たしていることになるのです。

とすると、新たなタンパク質の情報を持った領域と、それを何処で発現させるかの情報をある生物の情報に加えるということかな?

そう。実際には、2つの領域をつなげたDNAの断片(人工遺伝子)をある生物のゲノムの中に組み込んでやると、調節領域の情報に従って、つまり、組み込まれた生物の特定の場所に、そのタンパク質を作らせることが出来るであろうとゲノム研究者は考えた。そして、結果は研究者の思惑通りになったわけです。基礎研究から出発した研究でしたが、この方法を用いて、現在、「新しい機能や性質が付加された生き物」を作ることが出来るようになっているのです。

遺伝子導入動物はどうやって作るの?

人工遺伝子を受精卵に導入するのです。受精卵の細胞が2、4、8細胞へと分裂して増えてゆくにともなって、導入された人工遺伝子はゲノム遺伝子と共にそれぞれの細胞に分配され、結果として、導入遺伝子は全ての細胞に行き渡ることになります。そして、導入された遺伝子は、しばしば、ゲノム遺伝子の中に組み込まれますので、その個体が産んだ子供に引き継がれることになるのです。つまり、導入遺伝子も、ゲノム遺伝子と同じように、遺伝するのです。

今ひとつイメージがわかないなあ?

私達の研究室で作成した遺伝子導入メダカを紹介しましょう。この写真は、赤血球という血液の中の細胞に、オワンクラゲから取った緑色蛍光タンパク質の遺伝子を発現させたメダカです。ちなみに蛍光メダカとでも名付けておきましょう。心臓や血管の中を流れている赤血球が緑色にきれいに光って見えるでしょう。

え! クラゲの遺伝子がメダカで働くの?

基本的にタンパク質遺伝子はどの細胞でも発現しうるものです。細胞はそのための共通のメカニズムを持っています。人間の遺伝子を大腸菌で発現させることも、植物で発現させることも、また、その逆も可能です。ただし、発現したタンパク質はそれぞれ独特の機能を持っているので、例えば大腸菌のタンパク質を人間の細胞に発現させた場合、そのタンパク質が人間の細胞にとって有害であれば、人間の細胞は死滅します。一方、人間の細胞にとって有用であれば、人間の細胞に新しい機能を付加します。蛍光メダカの場合は、メダカに発現したクラゲの緑色蛍光タンパク質がメダカの細胞にとって害にも毒にもならないものなので、結果として、生き残っているのです。蛍光メダカは調節領域の構造と機能を調べるために作られたのです。

遺伝子導入動物の応用的な側面を教えて?

遺伝子導入動物を作る方法は、ゲノム研究で使われるだけでなく、人間にとって有用な家畜を作るため、そして、植物(遺伝子導入植物)に応用されています。例えば、医学的に有用で少量しか得られないタンパク質の遺伝子をウシのゲノムに導入して、そのタンパク質をミルクの中に発現させ、大量に調整しようという試みがあります。また、害虫に強い遺伝子を導入したトウモロコシやダイズはすでに実用化されています。新聞報道などに見られるように、現在では、このような事例は枚挙しきれないほどです。

身近な問題でもあるんだなあ!

遺伝子導入生物だけでなく、現在では、様々な遺伝子組換え技術によって遺伝子を改変した生物(GMO、genetically modified organism)が作り出されています。GMOがもたらす問題に対して、一人ひとりが、深い知識に根ざした高い見識を持つ必要があります。メダカのヘモグロビンは、赤血球にあり、酸素を体の隅々に供給するタンパク質である。ヘモグロビン遺伝子の発現調節領域("何時"、"何処で"タンパク質を作るかという情報)と、オワンクラゲの緑色蛍光タンパク質の情報を持つDNAをつなげ、メダカの1細胞期の卵に、顕微鏡の下で注入する。この個体の産んだ子孫から蛍光メダカが得られた。

理工ミニレクチャー