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第2回 材料力学ってどういう学問?

末益博志(すえますひろし)

上智大学理工学部教授 工学博士
専門は材料・構造力学

今回は「材料力学」という学問について紹介してもらいます。先生,「材料力学」とは,ひとことで言ってどんな学問ですか?

「材料力学」という学問は、機械を設計するときに必要となる学問のひとつです。基本的には構造物の変形と強さを考えるため、力学の知識を駆使する学問と言ってよいかと思います。

何か例を挙げてもう少しやさしく説明して下さい。

それでは,大きな力がかかる道具を設計することを考えてみましょう。まず図のように天井からワイヤーで吊るした人がぶら下がる道具を作ることになったとします。例えばこのときにどんなワイヤーを使えばいいかわかりますか。 もちろん設計するからにはいろいろなことを考えないといけません。人の体重といっても相撲取りから子供まであります。切れないという条件で設計をしなければならないとすると、考えられる一番重い人がぶら下がっても大丈夫なように設定する必要があります。そうすると150 kgくらいの人がぶら下がっても大丈夫なものを作る必要があることになります。これで良いでしょうか。・・・・・・・・

う~ん、一番重たい人がぶら下がれるなら良さそうな気がします。だめですか?

もう少し、想像力を働かせてみましょう。人は、おとなしくそうっとぶら下がるだけではありません。ぶら下がった状態で懸垂したり、ブランコのような運動をしたり、ひょっとして飛びついたりすることも考えられます。このような運動をするとその衝撃で瞬間的に大きな力が加わります。はかりの上に何かものを落としたときに目盛は、そうっと載せたときの値に比べてかなり大きな力を示すことはご存知でしょう。衝撃力と呼ばれているものです。先ほど述べた中で飛びついたときに起こる力が最も大きくなりそうです。この力を推定するのは大変です。腕の力や握る力からある程度限界がありますが体重の数倍の力が加わる可能性があります。ここまで考えただけで少し疲れたでしょう。でも人は思わぬことをするものです。ひょっとして二人がいっぺんにぶら下がったり・・・。しかしどこまでも可能性を追っかけるととんでもないことになりますので、「2人以上は、ぶら下がらないように」などの注意書きをつけたりします。責任を負えない限界をしっかり示す必要があります。それではワイヤーにかかる最大の力を150 kg×重力の加速度×運動による衝撃力の影響(ここでは3としましょう)=4500 Nと推定したとしましょう。

ふ~,良かった。「設計する」って、ずいぶんいろいろなことを考えておかなければいけないんですね。途中で「終わりが無いんじゃないか」って不安になっちゃいました。今度は何をするのですか?

次にこの力で壊れないワイヤーを決めることになります。ワイヤーといってもいろいろな種類があります。使う場所や期間によって材料の他の性質も気にしなければなりません。潮風にあたる場所や湿った場所ではさびたり腐食したりすることが問題になります。このときはさびにくい材料。例えばステンレスなどを使ったり、表面をメッキしたり、また塗料を塗ったりすることもあります。他にも見た目がきれいだとかまた価格だとか色々の条件があります。ここでは強さが500 MPa(メガパスカル=100万パスカル)のワイヤーを使うことに決定したとします(この強さはスチール製のワイヤーとしては普通の値です)。皆さんはパスカルという単位はご存知ですか。1 Paとは1 m2あたり1 Nの力が働いたときの圧力です。1気圧は、約1000ヘクトパスカル=0.1 MPaですから、500 MPaは約5000気圧程度の力が働くと壊れるということを言っています。ものすごい値ですね。このワイヤーの断面積をS m2とするとこのワイヤーが支える力は、
500×106×S (N)
となります。これがかかる力(4500 N)に耐えるとすると
4500 < 500×106×S
という不等式が成り立つ必要があります。したがって
S > 9×10-6 m2 = 9 mm2
という答えが出てきます。円形断面を S=πd2/4 (πは円周率)だとすると
直径 d = √4×9/π = 3.38 mm
となります。これで一様ワイヤーの直径が求まったことになります。試験の問題ならこれで合格です。

何かすごいですね。途中、ちょっと難しかったですけど、答が出ました。もう後はDIYのお店に行って「3.38 mmのスチール製のワイヤーを下さい!」って言えばいいんですね。

ちょっと待ってください。さっきも言ったように「試験の問題」ならこれで良いのですが、実際に直径が3.38 mmもあるワイヤー(ワイヤーとはとても言えなくもう鉄の棒ですね)は柔軟性に乏しく曲がったときに大きな力が加わり折れてしまいそうです。それなら直径1 mmのワイヤーを束ねて使う手もあります。そうするとn=9/(π/4)= 11.46となるので直径1 mmのワイヤー12本を束ねて作ればいいということになります。しかし12本を束ねて使うとすべてが同じように力を支えるとは限らず作り方によっては怠けるワイヤーも出てくる。そんなことを考えると例えば25%位余裕を見たほうがよいのではということになって12×1.25=15本という答えが出てきます。この設計の方が最初の答えより良さそうでしょう。このようなことを考えながら設計が進められています。場合によってはコンピュータを使って実際にかかる力をシミュレーションしてもっと精度の高い計算をすることもあります。多くの場合、計算だけでは怖いのでワイヤーの束を作って実験して壊れないことを保障します。

「設計」するって、本当にいろいろなことを深く考えなければいけないんですね。「創造力」は「想像力」でもあるんですね。

上記のことと直接は関係ないのですが、一本ではなくこのように複数本使うと、たとえ1本が切れても残りのワイヤーがある程度力を支えてくれます。その時点で無理な運動をやめればワイヤーが切れたことにより人が落ちて怪我をする確率が格段に小さくなります。このように1つが壊れても全体がいっぺんに壊れないで事故を避けるような設計方法をフェールセーフ設計といいます。このような設計方法が取られている構造物はたくさんあります。

「材料力学」は人々の安全も支えているんですね。最後に,「材料力学の今」について,ひとことで説明して下さい。

学問としての材料力学は応用数学の知識やコンピュータの知識と組み合わせてどんどん進化しています。また材料や構造物の特性を計る機械も超音波やレーザといった道具の進歩や、さらにコンピュータ・情報処理技術の組み合わせで格段に進歩しています。皆さんもこんな問題を議論したいと,また議論できるようになりたいと思いませんか?

何となく「材料力学」に興味が湧いてきました。先生,今日はどうもありがとうございました。

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