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ナノの世界のデザイン:新しい触媒をつくる

鈴木 由美子(物質生命理工学科・准教授)

2014年
出典: ソフィアサイテック vol,25

鈴木 由美子(物質生命理工学科・准教授)


 化学の「モノづくり」である有機合成化学研究を行っています。新しいつくり方(反応)を開発すること、その反応を利用して医薬品などの人類に有用な機能をもった化合物を合成することを目指しています。特に、「有機分子触媒」と呼ばれる比較的小さな有機分子を触媒とする反応の開発とその利用に力を入れています。2000 年以降、「有機分子触媒」の化学は時代の潮流として発展を遂げてきました。「有機分子触媒」は低環境負荷・省エネルギーであり、煩雑な操作や特別な技術・装置を必要としないため、産業界での実用化に近い分野といわれています。高効率かつ環境負荷の少ない実用的な有用物質の合成法確立は有機化学の最重要課題であり、「有機分子触媒」はこの時代のニーズに応える最良の手段の一つと考えています。

 私の研究室で触媒として用いている有機分子・含窒素複素環式カルベン(NHC)は、生体内分子・チアミンの構造とその触媒作用をヒントにして開発されたものです。チアミン、別名ビタミンB1 は分子量が300 程度の比較的小さな有機化合物であり、体内でいくつかの酵素の補酵素として働いています。例えば、グルコース(糖)から解糖系で生じたピルビン酸をアセチルCoA に変換する酵素の補酵素はチアミンです。チアミンがどのような機構で補酵素として生体内反応を触媒しているかを解明する研究に、有機化学的手法が大きく貢献しました。

 模倣から始まった有機分子触媒NHC の化学はその後大きく発展しました。他の多くの有機分子触媒が、既知反応の不斉化や反応条件の緩和化に用いられているのに対し、NHCは生成物の骨格形成に触媒の存在が欠かせないタイプの反応など、他の触媒あるいは試薬では成しえないいくつもの反応を触媒することが報告されています。私たちの研究グループでも、NHCを触媒とする炭素-炭素結合形成・開裂反応や不斉反応を開発してきました。近年では、開発した反応を利用した天然物合成や医薬品開発を目指した合成でも成果を上げつつあります。

 今後の展望として、生命現象の謎を解明するために有機化学の知識と合成の技術を生かしたいと考えています。私たち人間を含む生物が細胞からなることは皆さんもご存じのとおりです。人間の体内の70% は水と言われますが、水とミネラルの他に細胞を構成しているのは、脂質、タンパク、糖、核酸などの有機化合物です。細胞表面や細胞内で起こっていることをミクロならぬナノの目で見てみると、タンパクなどの分子と分子、分子とイオンの相互作用、その積み重ねにより生命現象が成り立っています。生体内の現象をナノスケールで理解するために、有機化学の力は大きな武器となると信じています。

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