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動物の繁殖戦略はどのように進化したのか? ~タツノオトシゴの育児嚢~

川口 眞理(物質生命理工学科・助教)

2013年
出典: ソフィアサイテック vol,24

川口 眞理(物質生命理工学科・助教)


 地球上には多様な生物が分布しています。地球表面の70%以上を占める最も広大な生物圏である水域に目を向けてみると、哺乳類(クジラなど)・鳥類(カモなど)・爬虫類(ワニなど)・両生類(カエルなど)・魚類など様々な脊椎動物を見ることができます。中でも魚類は脊椎動物最大の動物群です。その繁殖戦略は多種多様で、何億個もの多量の卵を海中に放つものもいれば、鳥のような巣を作って卵を保護するものもいます。親が卵を保護するのは生存率を高める繁殖戦略の1 つですが、興味深い保護の仕方をする魚としてタツノオトシゴがあげられます。タツノオトシゴは、オスが腹部に育児嚢と呼ばれる袋状の器官を持ち、ここでメスが生んだ卵を稚魚になるまで保護し、その後「出産」することが知られています。育児嚢の役割は保護だけではなく、親から子供に栄養を与える「子育て」まで行うことが示唆されています。そう聞くと魚というよりも妊娠中の哺乳類を連想してしまいます。実際、哺乳類にも胎盤を持たずに育児嚢で保育を行う原始的な有袋類(コアラなど)から高度に発達した胎盤を持つ有胎盤類(ヒトなど)がいます。タツノオトシゴのオスの育児嚢は哺乳類とは独立に生じたものですが、卵の保護という側面から考えると、原始的な保育の一例ともいえます。

タツノオトシゴの「子育て」遺伝子の探査

 タツノオトシゴの育児嚢の形成にはどのような遺伝子が関与しているのでしょうか? また、育児嚢ではどのような遺伝子が「子育て」に関わっているのでしょうか?現在私たちは、「子育て」中のタツノオトシゴの育児嚢で働く遺伝子を約100 個同定しており、それぞれの遺伝子がどのような機能を持っているのかを解析しています。一例をあげると、育児嚢は閉鎖した環境になるため、もしも育児嚢内で微生物が繁栄してしまうと子供が全滅してしまいます。それを避けるためか、抗菌作用を持つレクチン遺伝子が育児嚢内で働いていることがわかりました。

育児嚢の進化

 タツノオトシゴを実際に見たことがありますか?水族館に行くと、タツノオトシゴは泳ぎが下手なので何かに巻きついている姿を良く見かけます。他にもタツノオトシゴと似た、海草のような姿をしてゆったりと水槽の中を漂っているシードラゴンや活発に動き回っている細長い体つきのヨウジウオなどを見ることができます。これら3 種の魚はいずれもヨウジウオ科に属するタツノオトシゴの仲間ですが、興味深いことにいずれも異なった育児嚢の形態をしています。シードラゴンでは育児嚢は未発達で、尾の近くの表皮上に卵をのせているだけで、卵は露出しています。ヨウジウオでは、卵を保護するかのように卵の周りに表皮がかぶさっていますが、袋状に閉鎖しているわけではありません。タツノオトシゴでは前述のように、卵を袋状の育児嚢内で保護します。つまり、卵を保護するという機能はシードラゴンのような原始的な形態からヨウジウオのように保護膜で覆われたものへ、さらにはタツノオトシゴのような袋状のものへと完全な閉鎖系に進化していると考えられます。では、育児嚢は進化過程でどのようにして発達していったのでしょうか?近縁種の間で育児嚢の構造が大きく異なっているということから、育児嚢の形成に関わる遺伝子が短い期間で急速に多様化・適応し、その結果タツノオトシゴで見られる育児嚢という形態ができたのだろうと推測されます。そこで、先に同定した遺伝子がヨウジウオ科の様々な魚類でどのように保存されているのかを調べて、育児嚢の形成に関与する遺伝子が進化過程でいつ、どのように進化してきたのかを明らかにしていきたいと思っています。

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