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チンしてかんたん化学

堀越 智(物質生命理工学科・准教授)

2013年
出典: ソフィアサイテック vol,24

堀越 智(物質生命理工学科・准教授)


 おそらく日本人で電子レンジを使ったことのない人はいないでしょう。日本における電子レンジの世帯普及率は97%と非常に高く、ほとんどの家庭が所有しています。短時間で食べ物だけを温めることができることから、せっかちな日本人に向いた家電と言われています。もともと、電子レンジはアメリカの軍事レーダー技師であるP.L. スペンサーがレーダーの調整中にポケットの中のお菓子が溶けたことにヒントを得て、食べ物を温める技術に発展しました。このことはセレンディピティ(偶察力)の例としてよく取り上げられます。マイクロ波加熱技術は、産業分野おいても広く活躍してきましたが、2000 年頃から化学反応や抽出のための熱源としても注目が集まりました。例えば、マイクロ波で鈴木カップリング反応による有機合成を行うと、既存法に比べ50 倍以上反応速度の促進が得られます。このような反応促進の例は、様々な化学反応でも確認されることから世界中の研究者を惹きつけ、学術論文も指数的に増加していきました。

マイクロ波化学との出会い

 筆者がマイクロ波と出会ったのは、日本でマイクロ波化学に注目が集まる少し前でした。当時、筆者は光触媒による水処理(環境浄化)の研究を行っていました。光触媒は“光・空気・水”さえ存在していれば、有機汚染物質を分解できることから、新幹線の空気清浄器など、様々な用途に利用されています。しかし、大量の水処理に対しては処理速度が遅いことから実用化が進みませんでした。その頃、何の根拠もありませんが、たまたま別の用途で購入していたマイクロ波化学反応装置へ、光触媒と赤い色素を含んだ水を入れ、光とマイクロ波を同時に照射したところ、既存法では数時間かかるところが、十数分で完全に透明な水に脱色されました。実際に実験をやった学生が、見る見るうちに色が薄くなる様子を興奮気味に報告に来たことを今でも思い出します。光触媒の問題点は処理速度でしたが、これをマイクロ波が解決できることを発見しました。その後、この不思議な現象は熱による作用ではなく“非熱的効果”であることを報告し、欧米や中国の研究者が追試実験を行うことでさらに発展しました。

マイクロ波の何が化学反応を促進させているのか?

 マイクロ波を用いると化学反応が著しく促進しますが、このような現象は既存の熱源では得ることはできません。この魔法のような現象の原理原則の探求することは、自然科学を目指す研究者として大変興味があるところです。この10 年の間、世界中の研究者がその疑問に対し、様々な角度(物理・化学・電気)で挑んできました。こういった研究は、全くの暗闇の中を歩いている状態ですので、様々な分野の手法から検討する必要があります。よく、堀越研究室は何の研究室?と聞かれることがあります。研究室の学生は、有機合成、無機合成、電気化学、触媒反応、生化学的反応、生物反応を利用し、化学・物理・電気的現象からマイクロ波効果の原理原則を解明しています。このような研究は既存の概念にとらわれない学生の方が、セレンディピティを見逃さないこともあり、学生の観察やアイディアを大事にするようにしています。また、マイクロ波特有の現象を化学分野で利用すべく、企業と共同で産業化にも積極的に取り組んでいます。一方、国内における技術基盤を強固にするため国内の研究者と協力して、日本電磁波エネルギー応用学会を創設し、日本学術振興会においても先導的研究委員会を3 年前にスタートさせました。古くて新しい技術であるマイクロ波化学は、化学分野におけるゲームチェンジングテクノロジーとして発展することを願い、学生と研究を進めています。

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