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葉緑体の科学

写真

出典: ソフィアサイテック vol,23(2012年)

藤原 誠(物質生命理工学科・准教授)


 現在の酸素が豊富な地球環境は、生命の長い営みによって作り出されたといわれています。ここでいう生命とは、具体的には酸素発生型の光合成を行う生物群のことを指します。彼らは、今から約30億年前に地球上に現れました。現在のシアノバクテリア(細菌の中の1グループ。原核藻類)の祖先にあたる種ですが、太陽の光エネルギーを吸収して水から酸素を生じる一方、大気の二酸化炭素を固定する能力を有した画期的なものでした。数十億年にわたる彼らの地道な活動によって、太古の不安定で二酸化炭素にみちた地球は比較的安定な系へとシフトしたというのです。現在、そのような酸素発生型光合成は自由生活をしているシアノバクテリアと真核光合成生物(真核藻類、陸上植物)に見ることができます。後者で光合成機能を担う細胞内器官こそが葉緑体であり、私たちの研究のキーワードです。  

葉緑体の起源

 生物の系譜を見ると、最も革命的であった出来事の一つは始原真核生物がミトコンドリアと(そして一部がその後)葉緑体を獲得して好気呼吸と光合成という高効率のエネルギー生産系を獲得した点であると思われます。これはどのようにして達成されたのでしょうか。1967年、米科学者Lynn Margulisは、ミトコンドリアは好気性細菌α-プロテオバクテリア、葉緑体はシアノバクテリアの祖先種が真核細胞に取り込まれて発生したという細胞内共生説を提唱しました。これは宿主細胞が上記細菌を食作用によって取り込んだ後、細胞内構造(半自律的なオルガネラ)へモデル・チェンジさせることに成功したという壮大な論です。通常、細胞内に入った外来生物は異物かエサと見なされて消化される運命を辿りますから、宿主側が‘侵入者’の特性を活かしつつ利用・制御する方途を得たことは驚異的なことといえます。細胞内共生説発表後、分子生物学、生化学、遺伝学、ゲノム科学などの多方面から多くの研究者が検証を重ねてきました。それにより、自身の研究分野でも、細胞内共生から現在の生物・オルガネラに至るまでに具体的にどのようなプロセスが介在しているのか、そしてそれが如何に奇跡的な出来事であったのかが徐々に明示されてきています。
 植物の葉の細胞を顕微鏡でのぞいてみると、一つの細胞の中に数十個から数百個の葉緑体が存在しているのが見えます(写真を参照。球形の一つ一つの粒が葉緑体に相当)。私は、葉緑体の構造的な美しさ、環境応答や突然変異体解析において葉緑体の表現型が眼前に実感として得られること、そして葉緑体が微生物の一派として理解できる親しみやすさ(自身は微生物系研究室の卒業生です)、これらに惹かれ、大学院修了後「葉緑体を観ること」を基本線に研究を進めています。

研究課題

 上記の研究意義を念頭に、以下の課題を中心に進めています。

(1) 葉緑体等分裂のメカニズム。葉緑体は既存の葉緑体が分裂して継承されます。写真のように細胞が均一なサイズの葉緑体で占められている(ように見える)のは、葉緑体が等分裂によって細胞内で増殖しているためです。葉緑体分裂位置が中央赤道面に正しく配される遺伝的制御を調べています。
(2) 非光合成‘葉緑体’の形態制御。植物の光合成組織の葉緑体に対し、根や種子などの非光合成組織の‘葉緑体’を非光合成色素体と呼びます。意外にも非光合成色素体に関する研究知見は多くありません。新規フィールドの開拓を目指して、生きた細胞における非光合成色素体の数、形、そして振る舞いにアプローチしています。
(3) 非光合成‘葉緑体’の増殖制御。近年、葉緑体の増殖制御が非光合成組織では必ずしも保存されていない事例が見つかってきました。そこで現在、非光合成色素体の増殖を支える基本制御の解明に努めています。非光合成色素体は、私たちにとって重要な食糧つまり農作物では栄養貯蔵庫として機能していることから、この研究の延長線上にはバイオテクノロジーへの展開が広がっています。

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