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誤り訂正符号の数理 ― 誤りの無い情報伝達の為の数学的理論 ―

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出典: ソフィアサイテック vol,22(2011年)

> 渋谷 智治(情報理工学科・准教授)


 インターネット上のWEBページや携帯電話を利用した様々なサービスを快適に利用するためには,高速で信頼性の高い情報通信網が不可欠です。例えば,有線ネットワークについては,この十年間で100倍以上もの高速化を達成したことは皆さん良くご存じのとおりです。これは,光ファイバーなどの低損失でノイズの少ない通信媒体の実用化に負うところが大きいと言えるでしょう。一方,無線ネットワークは,物理的性質を「改良」することのできない「空間」を通信媒体とせざるを得ませんが,それにも関らず,通信速度は着実に向上してきています。これは,「空間」を低損失でノイズの少ない通信媒体に仮想的に「改良」するための高度な技術のお蔭なのですが,この技術がどのようなものであるか想像できるでしょうか?

無線通信では,空間を伝搬する電波によって情報を送受信します。また,この送信電波は,空間に定常的に存在する電波(雑音と呼ばれます)の影響を受けて劣化します。従って,空間の雑音の影響を相対的に小さくすることによって,通信媒体としての空間の特性を仮想的に「改良」することができます。例えば,送信電波のエネルギーを大きくすれば,雑音の影響は相対的に小さくなりますね。ところが,送信電波のエネルギーを大きくするためには,より大きなサイズのアンテナと大きな容量の電池が必要です。通話の品質と持続時間を確保するためとはいえ,巨大なアンテナと電池を積んだ携帯電話は,現代の消費者には見向きもされないでしょう。

そこで,このような物理的な改良手法を諦める代わりに,「情報そのものの加工」や「情報をやり取りする際の工夫」といった,言われてみれば当たり前の「ひと手間」を,私たちは日常的に利用していることを思い出してみましょう。例えば,普段の会話において情報を間違いなく伝えたいとき,私たちは,何度か繰り返して話したり(情報の加工),伝わったかどうか念を押したりしますね(やり取りの工夫)。また,上手く聞き取れなかった言葉を前後の文脈から推測したりもしますが,このようなことが可能なのは,言語に「冗長」が含まれているからです。これも,明示的ではありませんが,情報の加工の一種といえるでしょう。大きな声(エネルギー大)を出さなくても,工夫次第で情報は正しく伝わるのです。

現代の情報通信機器の中にも,実はこのような「繰り返し」や「念押し」,「前後の文脈からの推測」と原理的に等価な数学的仕組みが組み込まれています。しかも,驚くべきことに,この仕組みを適切に設計することによって,雑音の影響を限りなく小さくできることが数学的に証明されているのです。情報の加工ややり取りの工夫を数学的な手法を用いて実現する技術 ― 誤り訂正符号 ― は,現代の情報通信網を実現するために欠かすことのできない基礎技術の一つとなっています。普段意識されることのない,情報通信機器の奥深くで静かに動作するこの技術のおかげで,通信媒体としての「空間」の特性を,仮想的ではありますが飛躍的に改善することができるのです。

私の研究室では,この「誤り訂正符号」に関する研究を行っています。高性能誤り訂正符号の構成や,送信情報の推測に用いる効率の良いアルゴリズムの開発といった,情報通信機器の高速化・小型化に役立つ技術はもとより,それらの研究の中で登場する数理的な問題の探求にも力を入れています。

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