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有機金属化合物でひらく新しい化学

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出典: ソフィアサイテック vol,22(2011年)

鈴木教之(物質生命理工学科・准教授)


有機金属化学とは

私たちは、物質生命理工学科・有機合成化学グループで新しい有機合成をめざして研究をしています。中でも私たちの研究におけるキーワードは「有機金属化学」です。
 「有機金属化学」とは、簡単に言うと有機化学と無機化学の中間の化学です。化学において金属元素は、ふつう無機化学に登場します。有機化学では炭素や水素、酸素といった元素からなる、生物の体を構成する物質を中心に研究します。でも実際には生物の体の中にも多くの金属が存在し、有機化合物と反応しながら生物の活動において重要な役割を担っています。また生物の体内に限らずとも金属と有機化合物の反応は人間に有用な多くの技術を生み出してきました。有機金属化学は、このような有機化合物中の金属の働きを研究する化学といえます。

有機化学の常識に反する分子

 有機金属化合物はまた、有機化学の常識に反するような分子を形作ることがあります。
 例えば五つの炭素原子からできる五角形の化合物は珍しくありません。しかしもし、二つの炭素原子の間に三重結合があるとどうでしょう。有機化学の教科書には三重結合をつくる炭素原子の結合角度は180°と書いてあります。でも、小さい五角形を作るためには三重結合といえども大きく歪まなければなりません。そのため五角形の三重結合は出来るそばからたちまちこわれてしまう、と信じられてきました。炭素原子だけで作った五角形においては、それは真実です。しかし炭素原子の一つをジルコニウムという金属原子に置き換えると不思議なことに非常に安定な五角形の三重結合化合物を作ることが出来ます。このことを十年ほど前に発見して以来、私たちはこの不思議な化合物の研究に取り組んでいます。

触媒としての有機金属化合物

 有機金属化学の大きな魅力の一つとして忘れてならないのは、その触媒としての能力です。金属の触媒は有機化合物と触れて、有用な反応を手助けします。
 例えばエチレンと酸素を触媒なしで反応させると燃焼が起こってしまい、二酸化炭素と水しかできません。でも、銀を含む触媒を使って反応させると不凍液の原料に、またパラジウム触媒を使うとお酢の原料になります。触媒は、自分自身は消費されることなく何回でもエチレンと反応できます。最近ノーベル化学賞を受賞されたお二人の日本人研究者も有機金属化学者であり、パラジウム触媒を用いたクロスカップリング反応という有用な反応を開発することで世界的に高い評価を受けました。

研究を楽しむ

 当研究室は現在まだ二年目、今いる学生さんには自分たちの実験装置を組むことから始めてもらいました。研究室での実験は、学生実験とちがって失敗の連続です。自分が考えたとおりに反応が進まないこともありますし、操作をミスしてしまうこともあります。ただ漫然と失敗実験を続けていても成功は近づいてきません。失敗から貪欲に何かを学び取ることによって少しずつ結果を積み重ねていけると信じています。そうした失敗つづきの後に、よい結果が出ると、それまでの苦労の記憶が消し飛んでしまいます。研究指導者としての私の役目の一つは、学生さんたちにそうした苦労と喜びを知ってもらうことにあると思っています。
 現在は上智生まれの新触媒・新化合物を生み出すべく学生さんたちと研究を楽しんでいます。これまで世界の誰も手にしたことのない分子を作りだし、その機能を探索します。それはワクワクする作業です。いまでも学生さんたちとNMRのスペクトルを読み、X線構造解析をするのが楽しくてやめられません。
 こうした恵まれた環境で研究させていただけることを大変感謝しております。

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